ルッサンドルsample page

　「皆は、あれをギル＝エステルと呼んでいます。」
　マグロールは、ティリオンの宝石屑を散したかのような艶やかな黒髪をした幼子達が、身を寄せ合い、静かに眠っているのを見て言った。
　「そうか…。」
　マイズロスは、灯火にその赤銅色の髪を輝かせながら、マグロールと同じように子供達を覗き込んだ。
　丈高い彼の背を覆う炎のような髪の色は、幼子の目には恐ろしげに映るらしく、子供達を怯えさせぬようマイズロスは彼らが目を覚ましている間は、弟マグロールの陣屋に入る事はしなかった。
　「カーノ。」
　マイズロスは、長く口にしなかった愛称で弟を呼んだ。
　マグロールは、面映げに兄を見た。兄が、そのように自分を呼んだのは、この子供達と同じ頃のヴァリノールでの日々を思っての事であるのが、マグロールには分かった。
　ノルドール族の上級王フィンウェの三世代目、フェアノールの息子マイズロスには歳の近いマグロールを含む六人の弟たちがいた。しかしドリアスで三人、シリオンで末の二人の弟たちを失い、かつてヴァリノールを駆け回ったフェアノールの息子達の内、このエンドールで生き残っているのは今や、マイズロスとマグロールの二人だけだった。
　「マグロール、お前が言うように、あの星がシルマリルであり、今やあらゆる悪の届かぬ天で、アルダのあまたの民に仰ぎ見られるなら、それは喜ぶべきことかも知れぬ。……子等の母も、死んではおるまい。」
　彼らがシリオンの港を襲撃して幾夜かの後、それは突如西海に姿を見せた。
　その光は、暮れ落ちる空ではヴァルダの配した明るい星を追いやる如く、明け染める空ではヴァーサの燃える核そのものの如く、他を圧し強くきらきらと輝いていた。
　マグロールは、そのささやかな望みをつなぐ様に兄の言葉に頷いた。
　「シリオンは、オロメがエルダールを導きウルモがアマンへと渡した最初の港。シルマリルを抱いたディオルの娘を、ヴァラ達は見殺しにはしなかったでしょう…。」
　彼らは決して、シリオンの港に住むエアレンディルの族─ゴンドリンとドリアスの遺民─を根絶やしにしようなどとは思っていなかった。しかしシリオンのエルフ達は、フェアノールの息子達の要求を受け入れず、エルウィングが父ディオルから継承したナウグラミーアに輝くフェアノールの炎は渡さぬと言った。
　「───シルマリルの一つを奪う者、それを手許に置く者、所有する者は、それが誰であれ、この世の果てまで、復讐と憎悪をもって追跡する───」
　アマンのトウーナの丘で、フェアノールとその息子達が立てた誓言は、再び彼らを非道に駆り立てた。
　沼沢地に囲まれている他は無防備に等しいシリオンの港を彼らは急襲した。エアレンディルの族は滅ぼされ、エルウィングはシルマリルを抱いたまま、岸壁から海中に身を投じた。
　彼らの襲撃に怒りをあらわにしていた海原は、速やかにディオルの娘の姿を飲み込み、マイズロスとマグロールは岸辺に空しく彼女の姿を探した。
　そしてマグロールは、岩場の隠された避難所にエルウィングの幼い息子達が身を寄せ合っているのを見い出したのだった。
　「子等をどうするつもりだ。」
　「育てようと思います。ここに置き去りにすれば、早晩狼の餌食となりましょう。彼らはまだ、己の力で生きる術を知りませんから…。」

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