雪、雪、雪………
こんな雪の大地だから
お前が王を夢見ても
私は笑いはしないよ、アルベリッヒ
けれどお前は月の王
闇の世界に君臨できても
陽の世の上には君臨できぬ狂った王
アメジストの柩に囲まれて微笑する
死者の王
美しき、と付け加えておこうか？
私の……
気高きアルベリッヒよ
―――革の肩当てに、装飾の美しい重い剣が幾度も打ち下ろされる。
その衝撃に顔色の一つも変えず、彼は膝まずく。
片目にかぶる赤い髪の、一筋さえもゆらがせず。
「オーディーンの御名において……。」
軽がると重い剣を振っていた手をぴたりと止め、老戦士の低く厳かな声が祭場に響いた。
「…御前にひざまずきしこのものを、我ら祖国、アスガルドの戦士に加える――。」
すくと青年が立ち上がる。
それは、まだ少年と言うほうが値するようなほっそりとした姿だった。
重厚な老戦士の前では、肩が折れなかった事が不思議に思えるほどにきゃしゃに見える。
「アスガルド戦士の名に恥じぬよう、私の剣が常に勝利を得ることを、我が神オーディーンと我がアルベリッヒの名にかけて誓います。」
それは、堂々たる口調だった。
戦士達の瞳が好奇の色を浮かべる。
アルベリッヒ家、それはアスガルドに於いて知らぬ者のない名門、その名を継ぐ長子アルベリッヒは名門の名を凌いで余りある天才と、噂の高い青年だった。
老戦士に会釈し、重いマントをわずかに揺らして祭場を下りて行く。
取り囲む戦士達から、祝福の歓声が上がった。
しかし、それを聞いてか聞かずか青年は、その鋭い面に何の表情も浮かべず戦士達の間を早々に抜けて行った。
年に一度、それは春に行われる戦士の叙任式。
その年もまた、極寒の地アスガルドに生まれ育った青年達が誇り高い戦士の名を得、この地を司るワルハラ宮へと伺候した。
Ψ Ψ Ψ
「およびですか？」
その声には、およそ人を呼びつけるには相応しからぬ時間に呼び出された事への、疑問と不満がありありと聞いてとれた。
「ヒルダ様より、君が上告した『神国の支配』を見せていただいたよ。」
パタリと書を閉じて、男は立ち上がった。
ゆるい癖のある淡い金髪の持ち主、見上げねばならぬその長身にアルベリッヒはそっと身を引いた。
「実戦の経験もない君がたいしたものだ、天才の名は本当のようだね。」
「……このような時間に何の御用ですか。」
冷ややかにアルベリッヒは言った。
ワルハラ宮に伺候し、戦士の中でも上級の近衛士官に早々に着任した彼は、この幾らも歳の違わぬ上官を眼中に入れるつもりはなかった。
「服を脱ぎたまえ。」
「は？」
「裸になるのだ。」
アスガルド伝説の勇者と同じ名を持ち、その屈指の戦士振りと忠誠心で誰よりも主ヒルダに信頼を置かれているという男は言った。 「…そんなことのために、私をお呼びになったのですか？」
その意図する事に気づき、あからさまな軽蔑を浮かべてアルベリッヒは言った。
男、ジークフリートの、瞳が冷たく笑った―――。
「下がらせていただきます。」
きっぱりと、アルベリッヒは声を響かせた。
穏やかな笑みさえ浮かべてジークフリートは口を開く。
「これは…、命令だ。アルベリッヒ。」
品の良い容貌をして、しかし言葉は一言でアルベリッヒの逃げ道を断った。
服を脱ぎ落とす。
導かれるままに長椅子に横たえられ、その皮膚をむさぼられた。
体の中まで侵されて、アルベリッヒは初めて屈辱というものを知った。
Ψ Ψ Ψ
幾度も幾度も命令の下、アルベリッヒの体はジークフリートの体の下に引き据えられ、そして変わっていった。
時移り、その主オーディーンの地上代行者ヒルダより神闘士に選ばれ、ジークフリート共々神闘衣を授けられても、記憶は消えるはずもなく、何よりその肉がジークフリートを忘れようとはしなかった。
「こちらへおいで、アルベリッヒ。」
ジークフリートの声は甘く、有無を言わさずアルベリッヒの胸元をつかむ。
「ジーク。」
「おいで――。」
もはや逃れる術はない。
体に、肉に、この男から刻みつけられた感触が、その声に引き出され、体を内側から冒し始める。
―――あ。
自分の手では到底なだめることなどできぬ欲望が、自ら体を引き裂いてしまいたい程に体の芯をうずかせる。
「アル。」
その、ジークフリートの呼ぶ声。
―――アル…、アルベリッヒ…。―――
それが、まるで免罪符のように。
自分という神が、アルベリッヒという自分に許しを与えてしまう。
―――抱かれてしまえ、と。
己の体を、投げ捨てるように寝台による。
チュニックを脱いだ白いブラウスの姿で、片膝を立ててジークフリートは寝台の背にもたれている。
「いい子だ、アル。ベルトをといて上着もお脱ぎ。」
腕をつかんで寝台に引き上げ、次にはジークフリートの手がアルベリッヒの衣服を丁寧に脱がせていく。
自分は衣服をまとったまま、白い背を抱き寄せ指を遊ばせる。
「ジークフリート…。」
肩をすくませ、ブラウスの肩に顔を埋めアルベリッヒはその肌を泡立てる感触に耐える。
「あ…ジーク……。」
身悶え、顔を上げ、アルベリッヒはジークフリートの唇をむさぼる。
ブラウスの胸を割り、ジークフリートの肌に指を這わせる。
ジークフリートの背からもブラウスが落ちた。
「アル、可愛いアル……。」
その体を自分の下に引き倒して行きながら、ジークフリートはささやく。
甘く優しく、支配者の響きを込めて……。
それが、アルベリッヒを熱くする。
―――いつか……。
官能に震えて、ジークフリートの体に腕を回しながらアルベリッヒつぶやく。
―――いつか、お前を私の足もとにひざまずかせてやる。必ず王と崇めさせてやる。
かすかに笑って、ジークフリートはその唇で愛撫を続ける。
―――……自然を操り、地上の王になる。私にふれていいのは、神だけだ。
「あっ！」
滑り下りた唇が、アルベリッヒのものに触れる。
「お前の言う神はこんな事をするのか？」
「あっ！ イヤダッ！」
ヒクヒクと反応を返す体を、ジークフリートは裏返す。
腰を上げさせ、その中心を押し開く。
官能と恥辱に震えるそこを指先でなぶり、その腰をジークフリートは抱く。
手の中の小柄だがしっかりとした肉、しなやかな戦士の体。
その中に、ジークフリートは己を深く進めた。
「ア・アァ・ァッ―――。」
腰を突き出し、頭をのけ反らせ悶える。
ジークフリートの動きに腰を揺らし始めるのも遠くない。
「な…ぜ……。」
―――何故、私を抱くんだ？
はやる息の下から、アルベリッヒは問う。
「お前にひかれた。だからだ。」
「誰…が、信じ…る…？」
「信じなくても、構わぬさ。……アル。」
「あっ…。」
―――イヤダ、お前ごときに。私が……。
きつくシーツを掴む、その腰がジークフリートの動きに合わせて淫らに動く。
―――私が…、イヤダ………。
「あ…んっ、ァァァ…ああっ……んはっ…あっ……あっ…」
「可愛い……アル…。」
―――私は、この力で、地上を支配…する…。
「はっ！ アッ！」
一際深くなぶられて、抑えもきかずアルベリッヒは大きく悶えて開放する。
「はあぁっ……アッ！」
ほとばしりは熱く、飛び散る汗は冷たくジークフリートの手を濡らした。
「まだだよ、アル。」
濡れた手でアルベリッヒの体をきつく抱いて、ジークフリートは言った。
解放したばかりの体は、痛みしか感じられない―――。
「いやだ、いやだ……ジーク……もう…イヤダ！！」
あらがう体を押さえ、ジークフリートは腰を使う。
「うくっ……くうぅっ……うっ……。」
「いい子だ。」
硬直したそこが血を滲ませ始める。
「はなせ……ジークフリート…はなせ……。」
胸に回された手にすがり、果てしない地獄でアルベリッヒは叫び続けた。
―――私のものになれ。
遠く、声がした。
―――いやだ。
アルベリッヒは叫んだ。
―――私は唯一神のもの。だれが、お前のものなどになるものか！
―――ああ、アルベリッヒ。愛しているよ。
―――嘘だ…、嘘だ…、嘘…だ。
心地好い闇が、腕を広げている。
その中へ、アルベリッヒは身を躍らせた。
Ψ Ψ Ψ
闇が――。
薄く透明な闇が一枚、アスガルドに落ちた。
トールが死んだ。
フェンリルが……。
ハーゲンが……。
そして、あのミーメまでもが……。
我々がアテナの聖闘士を甘く見すぎていたと？
馬鹿な―――。
黄金聖闘士ならばまだしも、聖闘士も下級の青銅聖闘士ごときに、神闘士四人までもがことごとく敗れるとは――。
ふがいのない。
苛立たしげにジークフリートは歩を進める、歩き慣れた、見慣れた宮殿の中を。
ほんの余興と思って始めた戦いは、しかし数時間のうちに味方の半数を討たれる結果となった。
――――ふがいのない。
彼はもう一度つぶやいた、オーディーンの地上代行者、北極星ポラリスのヒルダに選ばれた自分達神闘士が、女神の聖闘士それも青銅聖闘士ごときに討たれるなど、およそ彼は信じられなかった。
―――最早まかせておけぬ。
彼のまとう神闘衣の竜の頭を形どったマスク、小わきに抱えていたそれをかれは掲げる。
「どこへ行くんです？ ジークフリート。」
「アルベリッヒ。」
目の前に立ちはだかる細い姿に、彼の足は止まる。
「まさか、あなたが聖闘士を討ちに行くつもりではないでしょうね。」
「……ヒルダ様のお気を煩わせるつもりはない、早々に片を付けてくる。」
そう言って、マスクを被ろうとする手をアルベリッヒは止める。 「ジーク、軽はずみな真似は、しないことです。」
切れ長の目が、ジークフリートを見上げて冷たく笑う。
「だれが、我々の指揮をとるんです？ リーダーであるあなたが、もし、討たれでもしたら。」
――――。
「私が行きます、近衛隊長。まだ、あなたの出る幕ではないでしょう。」
「何を企んでいる？」
「何も――。」
「アル。」
「考えすぎるのが、あなたの良くないところだ、ジーク。」
小柄な体を翻しマスクを付けて去ろうとする、そのアルベリッヒをジークフリートは壁に押えつける。
「答えろ、アルベリッヒ。」
何か、自分自身に益をもたらす事でもないかぎり、青銅聖闘士などという下級闘士を相手に、戦いたいなどとこの男が言う訳がないのだ。
「聖闘士どもを平らげて、ヒルダ様のお褒めにあずかりたい――。と言っても君は信じてはくれないだろうね、ジーク。」
「あたりまえだ。」
仰むいたアルベリッヒの目に掛かる前髪をかきあげて、ジークフリートはその目をのぞき込む。
冷ややかな、自分以外は人とも思わぬような高慢な視線がジークフリートの瞳を刺す。
「ヴァルムングが欲しい。」
アルベリッヒは言った。
「神の剣、ヴァルムングが欲しい。だから、聖闘士共が手に入れたオーディーン・サファイアを取り戻す。」
ジークフリートを腕をするりと抜け彼は言った。
「彼らを倒せば、四つ、私のを合わせて五つオーディーン・サファイアが集まる。それから―――君のオーディーン・サファイアも頂く。」
「私を倒すとでも言うのか。」
おかしげに目を細めて、ジークフリートは問う。
「そうだ。」
そう言って、刺す以上に激しく憎悪の燃えた緑の目が、そこで眉をよせた男を見る。
「覚えていろ、ジークフリート。君を逃しはしない。私の体を変えた、神に愛されるべき体を汚したお前を、私は許しはしない。」
「いいだろう、アルベリッヒ。」
笑いを含めてジークフリートは言った。
「君が、無事に帰ってくるのを、待っているよ。」
「―――誰に言っている？」
アルベリッヒは不敵な笑みを浮かべてジークフリートを見た。
それは、戦士というより闇に通じた魔道士の不吉な微笑だった。
「では、行きます。近衛隊長。」
形ばかりの敬礼をして、アルベリッヒは去って行く。
その背を見送ってジークフリートは踵を返す、彼の仕える主の元へ。
―――私の体を変えたお前を、私は許しはしない。―――
ジークフリートの瞳も冷たく笑った。
Ψ Ψ Ψ
アルベリッヒ―――。
宮殿の裏、雪の吹き溜まる廃墟にジークフリートは走った。
「―――アルベリッヒ。」
激しく燃え、弾けるアルベリッヒのコスモを感じたのはこの方角だった。
えぐれて土を吐いた大地、ちぎれた木々の根、枝、へし折れた廃墟の塔、焼け焦げた岩………。
聖闘士共がワルハラ宮に迫る今となっても、アルベリッヒは戻らない。
「アル！ 何処にいるのだ！ アルベリッヒ――！」
激しく吹き始めた雪が木の間を縫い、巻きつくように、一塗りまた一塗と戦闘の跡を覆って行く。
「――！」
積もる雪の中に赤い髪を見つけ、ジークフリートは駆け寄る。
「アル。」
うつ伏した体を抱き起こす。
ぼろぼろに砕けた神衣、その胸が血に赤く染まっている。
「……ジーク…フリート。」
開いた目が、そこにいる男を認める。
「笑いに…来たのか？」
憎々しげにアルベリッヒは言った。
「……そうだな。」
「殺せ、ジークフリート！」
苦しげに、アルベリッヒは眉をよせた。
「とどめを刺せ、ジーク……。」
答えず、ジークフリートは雪の中から、その体を抱き上げる。
「…ジーク…！ 私を殺せ！」
「殺さない。」
踏み出した足の下で、雪がざくりと鳴る。
「負けて生き長らえるのは屈辱だろう、アルベリッヒ。」
その言葉に、緑の瞳に再び憎悪の色が浮かぶ。
「そこまで私を苦しめたいのか！」
「そうだ。」
「離せ！ 私をここへ置いて行け！」
「アル、私の望みは永遠にお前をこの腕の中で苦しめることだ。」
「奴隷から…、またお前の奴隷から始めるのか……。」
腕の中、力のないアルベリッヒにジークフリートは深く口づけた。
「そう、お前は私の奴隷だアルベリッヒ。私の腕の中で王になれ、王になったお前も、―――私が抱く。」
噛み締めたアルベリッヒの唇から、血が落ちる。
その切れた唇に再び口付け、ジークフリートは血を吸う。
―――愛しいアルベリッヒ。
等しく血に染まった唇が、吐息のように名を呼んだ。
「―――ならば、お前の命は私のものだ。」
「いいだろう。」
抱えられた腕の上で、アルベリッヒは目を閉じた。
傷の痛みが、彼を呻かせた………。
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