肩口から来る寒さに、アルベリッヒは目を開く。
炉の火も消え、小屋の中は闇―――。
熟睡してか、狩りの疲れでか、肩を抱いていたジークフリートの手はパタリとシーツに落ちている。
毛布にもぐり込もうとし、自由にならぬジークフリートの体にアルベリッヒは闇の中、眠る男の顔を見る。
―――今なら殺せるだろうか？
素裸で無防備に横たわっている今なら、この澄まし返った顔を苦痛に歪めさせくびり殺せるだろうか？
そっと体を起こす。
傍らに腕を投げ出して眠る、主ヒルダの信頼の誰よりも厚い男の顔を見る。
貴族的な端正な顔、髪の色も瞳の色も柔らかで、しかしそんなものはこの男のかもしだす冷ややかなものを消すのに、何の役にもたっていない。
その拳ではもはや右に並ぶ者がないと言われる男の、多大な自信がそうさせるのか？
その鍛えられた、無駄のない肉食獣のようなしなやかな肉体は、誰よりこのアルベリッヒが知っている――。
皮肉に笑おうとして、アルベリッヒは失敗した。
―――地上の王になろうという私を汚した。
―――すべての上に君臨しようという私の上に君臨した。
小屋の、粗末なベッドを下りる。
始めに抱かれたのは、ワルハラ宮のジークフリートの私室だった。
実力こそ抜きん出て、伺候そうそう近衛士官となったアルベリッヒだが、その戦士の才覚に加え人格の重視される戦士社会では、たとえ名門の長子であろうとその扱いはまだ戦士になりたての青二才だった。
そして、若き近衛の長ジークフリートは、その権力をもってアルベリッヒを屈伏させたのだった。
アルベリッヒの口から、誇りを傷つけられた怒りの呻きが押さえ切れずにもれる。
矢筒から、太く切っ先の尖った矢を選び出す。
―――誰も知りはしない。
少なくとも自分がジークフリートに憎しみを抱いていることは。
常ならば先に寝台を下り眠る姿など見せぬ男が、今は誇りを汚され憎しみに燃える相手が目の前に弓を構えても、身じろぎもしない。
―――ジークフリート。
引き切った矢が、きりりと鳴った。
闇に慣れた目には、その端正な顔と毛布からでた左胸がはっきりと見て取れた。
数歩後退り、扉を背にしてピタリと矢じりをその胸に向ける。
「ジークフリート！」
名を呼んで、アルベリッヒは矢を放った。
ゴゴオオォー。ゴオォォォォー。
木々が唸る。
闇の向こうで、なぎはらわれた矢が丸太の壁に当たり、床につき立つ音がした。
「アル、こちらへおいで。」
動揺も何もない声が言った。
起き上がり、こちらを見ている顔は冷淡な微笑を浮かべている。
「可愛い、アルベリッヒ。」
「いやだ…。」
「アル。」
その言葉に対するなんの術も、今はない。
闇の向こうで伸ばされた腕に、悔しげに唇を噛みながらアルベリッヒは身を委ねた。
「名など呼ばずに射れば良かったものを、何故呼んだ？」
「呼ばねば射られてくれたのか？」
「さあ、わからんな。」
その体の下に引きこまれる甘さを自分は知り始めている。
この男の物と成り果てて、そのものを受け入れる官能を自分は覚え始めている。
変わる。
変わって行く。
自分が……。
何よりも許せぬことは、たかがひと一人に自分を変えられること。
神でもなく、己でもなく、一介の戦士ごときに！
「あっ……うあっ……」
木々が唸る、深い森。
もはや、声をはばかる事もない。
闇の底、獣と成り果てて、叫び、もだえる。
まだ、つかみ切れぬ官能。
それを知ろうと、我が物にしようと、アルベリッヒは足を開き腰を突き出す。
「くううっ…あうっ！！」
「さあ…もっと狂って見せろ、アルベリッヒ。」
つらぬかぬまま、ヒクつくそこに自分のものをあててジークフリートは、じらす。
「ああっ……いやっ……いやだよ…ジーク…ジーク――。」
うずきあがる下肢のものも、ジークフリートの手がつつむ。
そっと触れ撫で上げるのが、ヒクつく後ろを震えさせあまつさえ、女のようにぬめりさえ起こさせる。
固いものが、幾度もそこに当てられては離される――。
「ジーク、ジークフリート！！」
「ん？ 突いて欲しいか？ 入れて欲しいか？」
「あ…んっ……」
小さくうなずく。
「何だって？ アル？」
突くような素振りをして体を離す。
「ジーク！」
「ちゃんと言うんだ、どうして欲しい？ アルベリッヒ……」
「つぃ……うっ…くっ……」
「何だい？ アル？」
「ついて……」
「小さい声だ……アル。」
「―――！ 突いて！ ジーク！！」
ククククッ――。
笑いがした。
一瞬に冴えざえとした理性が戻る。
「あっ……いやだ！！！」
頭が…顔が熱い……。
「ぐうっ……はっ…ああぅ……ああっ―――。」
その腕の中から逃れようと傾けた体に、やすやすとジークフリートは己を突き入れる。
「はああぁっ…あっ……ああっ…！」
体内にくわえ込んだその感覚をつかもうと、アルベリッヒの下肢は緊張しジークフリートの物を締めつける。
ククッ。喜悦の笑いをもらして、ジークフリートは腰を動かす。
「いやだっ……！」
逃がすまいと締めつける。
けれど、その力などものともならずジークフリートの突き上げる動きに蹂躙される。
「だめだっ……やっ…ジーク…！！」
ジークフリートになぶられるそこが熱を持ち、その官能は、その官能をつかもうとする意識を押しつぶす。
下肢を支配して、みぞおちから胸へ官能は這い上り始める。
「うんっ……ああ……ああっ………！」
激しくなって行く突き上げに、そこから痺れが広がり全身をつつむ。
「あっ……あう、あうぅ……」
唇が震える、シーツをつかむ指もおぼつかない。
「いやだ……いや……いや…ああっ…ああっ……」
腰をつかむジークフリートの腕に指をからませ腰を悶えさせる。
「いやっ…ああ……いやぁ……」
「やめて欲しいか？ アル？」
まだ解放せずにいるアルベリッヒのものをもてあそび、ジークフリートは再び激しく腰を動かす。
「ああっ………。」
「―――やめるかい？ アル？」
淫らなほどに細い体がしなり悶えている。
「いやだ……いや…」
「やめることが？ それとも続けることがかい？」
「あっ…うあっ……ああっ…」
「アル？」
「わから……な……」
ふるえて、喘ぎ続ける口の端から唾液が糸を引く。
「わからない…いやっ……ああ…ジーク……わか…らない……ジーク…ジークフリー…ト……ああっ……」
突き上げ、蹂躙され、だらしなく口を開き苦しげに頭を振る。
そのアルベリッヒのものにジークフリートは手慣れた愛撫を加える。
「はっ………はあぁ…ジーク……ジ――ク！！」
突き上げられ、激しく悶える。
もはや、自分の物ではない体は大きく足を開きジークフリートのものを深く求めくわえ込み、全身をもって締め上げ、跳ね上がるように震えて、熱いものをほとばしらせた。
「うっ…」
その体の上で、一瞬緊張したジークフリートの体もほっと力を抜く―――。
「……アルベリッヒ。」
半ば放心した力のない体を抱き寄せて、ジークフリートが名を呼んだ。
「は……はなせ！！」
思い出したようにビクリと体をふるわせると、アルベリッヒは寝台を飛び下りる。
ふらつきながら、服を着ける。
「アル？」
「陽の昇るまでには戻る―――。」
憎々しげに言って、真っ暗い風吹く外へアルベリッヒは出て行く。
寝返って天井を見、ジークフリートはクスリと笑う。
「かわいい、アル。」
木々の間に立って、そのうなりの中で歯がみしているだろうアルベリッヒを思い。
ジークフリートは再び眠りにつく、アスガルドの長い夜、夜明けまでの深い眠りに……。