――――なんと、その人はあのサガに殺された真の教皇だったの です。
ムウ様のお師匠様で…。
「シオン」と老師が言いました。
老師も若返って、おいらは驚きました、でもそれより驚いたのは シオンです。
こんな人がいることを、おいらはムウ様に聞いていませんでした。
殺された教皇がムウ様の師だったなんて、ムウ様は知っ ていたのでしょうか、だとしたらムウ様はおいらが知っていたよりずっと、十三年間悩み苦しんでいたのだと思います。
なのに、シオンはスペクターになっていたのでした。
いま、老師と若さ比べをやっています。
ムウ様は恥ずかしく思って、さっき駆けて行ってしまいました。
シオンは十八歳の姿だそうです。ムウ様は二十歳です。だから、ム ウ様よりも若返ってしまったのです。やっぱりそう言う姿を見るのは、弟子として恥ずかしいと思います。（紫龍も遠くに行ってしまいまし
た。）
シオンはムウ様に似ていました。ムウ様とおいらも似ていると言われます、だから、おいらとシオンも似ていると思います、そ れにシオンの髪はおいらと同じくせっ毛です――――――。
「おとうさん！」
貴鬼の叫びに、まさに千日戦争に突入しようとしていた童虎とシオンはその拳を止めたのでした。
「おとうさん？」
二百四十三年前の生き証人、東洋青年の天秤座の黄金聖闘士、童虎の瞳が悟りには程遠い不穏な瞳で、今は冥闘士と成った友の姿を 見ました。
「どう言うことだ、わが友シオンよ。」
「童虎…」
眠っていた虎の尻尾を思いっ切り踏んでしまったような、恐怖の一瞬の…魔…がありました。加えてこの虎の粘り強さを、シオンは 当然知っていました。
「こども。お前は何を言っているんだ？」
「とーちゃん。」
「何を寝ぼけているのだ、お前はムウの弟子であろう、お前の親のことなど私は知らぬ。」
「おとーちゃん。」
「何の事だか知らぬが、向こうへ行け！」
「おとーちゃん…。」
貴鬼はぐすりとしゃくり上げました。
そう呼んでみただけだったのに、何か本当に悲しくなったのでした。
「シオンよ、お前は実の子に何ということを言うのだ。ハーデスに忠誠を誓い、その心までも闇に染め、子どもをさえもいたぶると は！！」
「ちがう！童虎よ！」
「とーちゃん…、とーちゃん。」
涙がぼろぼろと、大きくシオンを見つめた瞳から落ちました。
「泣くな！」
シオンの声に、貴鬼の顔がゆがみます。
「――だから。」
あわててシオンは顔を童虎の方に向けて言いました。
「話を聞いてくれ童虎よ！」
しかし、そこにあったのは、断固たる軽蔑を浮かべたかつての友の顔でした。
「貴鬼よ、下がっていろ。私がお前の父の目を覚まさせてやる。」
けれども、貴鬼はシオンのマントの裾を握り首を振りました。
「父を守るというのか？ 健気な子よ。」
「おいら、とーちゃんが…とーちゃんが……」
「えい！ 違うと言うに！！」
鼓膜がビィンと言うほどにそれは大きな声でした。
「おとーちゃぁぁーん！！」
貴鬼は、大声で泣き出しました。
「きさま！ 恥を知れシオン！」
「童虎！ 何かの―！」
「うわーん！！」
それは、本当にすさまじい声でした。
「とーちゃぁぁーん！！！！！」
聖域の丘を揺るがすかのように大きな声で、火時計の火が消えそ うに揺らいだほどでした。
「私は本当にこんな子供など知らん！！」
「もはや問答無用！最後の情けだ、その子を安全な所にテレポー トしてやるがいい。」
「なぜ私が！」
「見苦しいぞシオン！」
泣きやもうとして、幾度も大きくしゃくり上げる声がそれでも押 さえられず、また大きくなってきます。
また大声で泣かれてはたまらないと、シオンは子供を振り返りま した。
「…………。」
父親になるような、少なくともこんな年の子供のいるような覚えはないのですが、確かに、その子供は自分によく似ていました。
ムウの子供ではないのか？
ちらりとそんな疑念が湧きました。
「わかった、いい子だから―。」
利発そうな、かわいい少年でした。
なぜか愛しくなって、シオンは手を差し伸べました。
「おとーちゃん…。」
泣きべそかきながらも嬉しそうに、貴鬼はその膝に抱きつきまし た。
可哀相なことをしたかも知れぬ、そう思いシオンはぎごちなく、 その頭に手を置きました。
ふんわり暖かい、子供の髪でした。
ムウの頭も昔こうしてなでたことがあったと、ふとシオンは微笑 みました。
――ごめんなさい。――
小さく声がして、見下ろすと子供の赤い目が見上げていました。
「ごめんなさい。」
もう一回言って、貴鬼はテレポーションしたのでした。
「なぜあんな事を言ったのです？」
ムウ様はにっこり笑っておいらにききました。
ミュウと言うスペクターと戦いの途中だそうです。
いま敵は、繭の中にいて休戦中だそうでした。
テレポーションして気づくとムウ様は目の前にいたのでした。
「おいらの、父さんや母さんてどこにいるんだろう？」
「それは、神様しか答えられませんね。」
神様だって知らないことがありますしね、とムウ様は言いました。
ずっとムウ様の所にいて、その前のことは全然おぼえていません。
おいらは始めっから、ムウ様の弟子でした。
「私の師のようなお父さんがよいのですか？」
「似てたから、おいらと…」
「わかりました、今度お会いできたら頼んであげましょう。本当 は骸骨かも知れませんしね。」
逃げてきてよかったのかも知れないとおいらは思いました。
もうそろそろミュウが復活するからと言って、ムウ様は走って行 きました。
いつも束ねていた髪がほどけていて、女の人のようでした。
ほんとにムウ様は優しいです。
ムウ様もおいら似にています。
お母さんはムウ様がいいなと思いました。
戦いの音が始まりました。
美人でとっても強いムウ様はおいらの誇りです！