君が、僕を初めて見たのは秋の財団の慈善パーティーだ。
君は、その男の視線に気づいて困ったような顔をした。
どうかしたのか―――そう父上に聞かれて、君は首を振った。
なんでもありませんと答えて、でも君は僕のことを気にしていた。
着飾ったパーティー客の間を父上について歩きながら君は何度も、金髪の背の高い男のことを振り返った。
君は、父上にその男の事を聞こうか迷った。いつもなら迷いもしないのに、でもお節介な学友が君に教えたんだ。
「彼はジークフリート・フォン・ヴォルフェって言って、三つ上のクラスにいるやつだよ。なんでも北欧の貴族の息子だそうだけど、良くない噂のある奴さ。つき合わないほうがいいよ。」
「良くない噂？」
聞く事なんてないと思いながら、君は聞かずにはいられなかった。
君の友達は、知ったかぶって言った。
「君には教えてあげるね、あいつ変なところに出入りしてるってさ。変なところってのはつまり、僕たちみたいな上流の人間が行かないところのことだけど。」
「へえ。」
気のない返事をしながら君は、゛自分たちが行かないところ゛に興味を持った。
君はスラムとかダウンタウンとか、大人たちがしかめつらをして話す場所を想像してみた。
薄汚れて、吐き気をもよおすような匂いがして、ぼろ切れをまとった連中が地面にうずくまっている。その連中を、大人たちはクズと言っているけど、なんで彼らがクズになったのかは君は教わっていない。
「あの男は、知っているのかな？」
君はつい呟いてしまった。
「何を？」
「スラムの事とか…」
そう口に出して、君はまずいことを言ってしまったと思った。
「アルベリッヒ、話をやめなさい―――。」
父上が、その言葉を聞きとがめて君のことを睨んだ。
まわりの紳士たちははなじらんだ様子で他所を向き、薄情な友達は知らん顔をして君のそばを離れた。
君は、君の世界に疑問を感じていた。
明るくあたたかく、守られて幸せだけれど、君はその世界に土台のない空中に浮いてでもいるような不安定さを感じていた。
明るくあたたかいこの世界の外側には何があるのか…。
それは、ふとした拍子に君を襲う不安だった。
そして不安でありながら、君はそこにまるで父上の書庫に入り込んだ時のように心がときめくのを感じていた。
休暇が終わって寮に戻ると、君は注意深くキャンパスを見るようになった。
君は、中庭を歩くのは嫌いだ。
中庭にいると上級生たちに放課後のお茶に誘われる、それを断るのが面倒なのだ。
それでも君は、ある日とうとう中庭に出た。
僕が、見つからないことにしびれを切らして…。
上級生が君を取り囲む。あるものは下級生である君が自分達のお茶会に来るべきもっともらしい理由を並べ、あるものは君の興味をそそろうとお茶会で行われるゲームの話をし、あるものは自分の所のお茶会に参加すれば君にも、君の家にもとても有利なことがあると説き始めた。
君は、そこに集まった上級生の中に僕の姿がないことを確認すると、困った顔で首を振った。
君は大人の社交会のまねごとのようなお茶会には、何の魅力も感じなかったし、上級生達が君をお茶会に誘うのは、その人目を引く赤い髪のせいだとしか考えていなかった。
君は、君のその頑なさが余計、上級生達をむきにならせていることに気づいていなかった。
「ぼくは、人を探しているんです。」
君はなんとか上級生の囲みを抜け出そうとそう言った。
「誰を探しているんだい？」
上級生達はみな同じような笑みを張りつけて言った。
「ジークフリート。」 君は一言、僕の名を言った。
その時君は、初めて僕の名前を声に出した。
君は上級生達が戸惑い、互いに顔を見合わせるのを見た。
それは君の予想通りだった。
「君がなぜ、あんな男を探しているんだい？」
「聞きたいことがあるんです。」
「あんな男とはつき合わないのが、君のためだよ？」
親切ごかす連中を、君は話すにまかせた。
「あいつはいかがわしい連中とつき合っているんだよ。今だって、そのことが親元にばれて向こうに呼び戻されているんだ。」
君は、僕が学校にいないことを知って少し失望した。
君のそんな顔を、上級生達はすかさず見ていた。
数日後、君の所にお茶会の招待状がきた。
書状が学校の封筒を使った正式なものだったから君は封を切った、出席者の名前に僕の名前が書かれていた。
それが、僕が国から戻る日と同じだったから、君はお茶会に出席することにした…。
でも、お茶会はでたらめだった。
正装した君を寮のホールに迎え入れると、連中はドアをふさいだ。
君は、始めのうちはおとなしく外に出してくれるようにと連中に頼んだ、それでも獲物をやっと捕まえた気になっている連中は、君を放さなかった。
連中が君を押えつけ、服を脱がそうとした時、君は我慢ができなくなって暴れ出した。
突然暴れ出した獲物に驚いて、連中は君を押さえ込もうとホール中を駆け回った、君はすばしっこく逃げ回り、手薄になったドアに体当たりして廊下に飛び出した。
それでも連中は、君を執拗に追いかけた。
連中は猟犬になっていた、その吠え回る騒ぎに、寮の部屋の一つが扉を開けた。
君はそこに飛び込んで、国から戻ったばかりの僕と対面した…。
連中は自分たちの行いが逆に、君を僕に合わせる事になってしまったのを悔しがった。
「アルベリッヒくんは、君に聞きたいことがあるそうだよ。」
吐き捨てるように一人が言い、連中はぞろぞろと退却していった。
「勝手に飛び込んで、ごめんなさい。」
そう言って君は、ソファに座っていた僕を見た。
僕は、笑った。
走り回り、息を上げて、頬を上気させた君がとても可愛かったから…。
笑われて、君は不快になった。
君は、僕の名前に誘われてまんまとホールに行った自分を恥ずかしく思っていたから。
「座っていいよ。用があるんだろう？」
僕は立ち上がり、連中が開け放して行ったドアを閉めた。
君は座らなかった。聞きたいことがあると連中には言ったけれど、君の心には具体的な質問があったわけではないのだ。
「この前のパーティーで、お会いしましたね。」
「ああ、親父の代理で出た慈善パーティーかな？ 君もいたのか…。」
とぼける僕に、君はその目で嘘をつくなと言った。
君は、パーティーの間じゅう、僕の目が自分を追っていたのを知っている。
「なぜ、僕のことを見ていたんですか？」
「君が可愛かったからさ、父上に自慢されて頬を染めて。可愛いから見ていたのさ。」
僕はそう言って君の頬に触れた、柔らかい頬に…。
君は驚いて、体を引いた。
君の心は、危険だと警鐘を鳴らしている。
「あ、あなたは、僕の知らないことを沢山知っていそうだから…。」
「例えば、こんなことかな…。」
僕に体を抱き寄せられて、君はもがいた。
ブレザー越しに君の心臓が、罠にかかった狐みたいに早い鼓動を打っているのが伝わった。
「冗談だよ。」
僕は君を解放した。
君の緑の目は、身構えるように光って僕を見た。
そう、僕が欲しいのは、そんな目だ。
まだ本当に汚いものを見たことのない目、くもりのない百億ポンドのエメラルドのような目。
「確かに、僕は君の知らないことを沢山知っているだろう、きっと君の父上も知らないことも知っているに違いないよ…。ねえ、冬の休暇は家に帰るのかい、僕はこっちに用があって特別に寮にいさせてもらう事になったんだ。質問があるなら、その時に聞いてあげるよ。君もその方がいいだろう？」
僕の申し出に君は頷いた。
君の心には、不安と期待が半分半分同居していた。
休暇が始まって、同級生達が次々に家に帰っていくのを見ながら、君は自分が少し大人になったように思う。君はクリスマスには戻ってくるようにと言った、父上の言葉を無視して寮に残ったのだ。
寮監が、早く家に帰るようにと君に注意した。
十五才より下の者は、親の同意がなければ寮には残れない、君は帰るふりをして、寮監の目を盗んで部屋に戻った。
誰もいなくなった寮はがらんとしていて、君は何か大きな自由をもらったような気持ちになった。
それでも、余りうろうろしていたら寮監に見つかってつまみ出されてしまう。
君は早く、僕の部屋に逃げ込もうと考えた。
裏口からこっそり外に出て、君は上級生の寮へ向かった。
誰もいない庭に、しんしんと雪が降って、君は不意に不安になる。
そして、不安が思過しでないのを、君は心の底で分かっている。
行くな、罠だ…。
誰かが君に言っている、でも君の足はまっすぐ僕の方へ向かっている。
薄暗い雪の向こうの、たった一つだけ明かりの見える部屋へ、君はまっすぐ駆けて行く。
おいで、可愛い僕の獲物。
聖夜には、生贄を捧げなくては僕の神は満足しない。
これはゲームだから、そう言って僕は君の両手を開いてソファの後ろに縛りつけた。
簡単にほどけるよ、君が嫌だと言ったらすぐにほどくから。
君が、どれくらい我慢していられるか試してみよう。
そうして縛られて、君は困惑したように僕を見た、手首に巻かれた紐がどう動かしても簡単にほどけるような代物でなかったから…。
僕は、代わりに君の首を絞めている制服のタイをほどいた。
君が行きたい外の世界は、こんなものを付けていたら邪魔なだけだから。
君の胸元に手を入れて、僕は、君に口づける。
軽くのつもりだったのに、君の唇は柔らかくて僕は誘われるように深く深く、君を吸い続けてしまう。
でも、君は苦しくて喉の奥を鳴らした、僕はその快楽を中断してワインを開けた。
僕は、血のように濃いワインが好きだ。
この日のための特別なワイン、そしてグラスは君の体。
一瓶の赤ワインを、僕は動けない君の体にそそいだ。
赤い髪からズボンまで、君はぐっしょり濡れた。
甘い香りが、君を包んでいる。
君は、その液体が下着の奥まで染み込んで来るのを感じている。
そして、下着に包まれたものが、なぜか熱いのを意識している。
君は、外の世界に出たいんだ。
暖かい囲みの中ではなく、寒風の吹く外へ出たいんだ。
僕が、出して上げよう。そっと、出して上げるから、僕にすべてを任せてごらん…。
君の体に、僕の手が触れる。
縛り上げられている君は、無遠慮な手を払いのけることもできない。
体の中心を包まれ、君の意思とは関係なく、それを僕の手に扱われる。
かたくなり、耐えられなくなり、君は隠すこともできないまま、君の一部を外に出した。
君は感じている、この夜がこのままでは終わらないことを…。
そして僕が、これぐらいでは楽しみを終わりにしないことを…。
君は僕を睨むけれど、君の心は僕の方が知っている。
君は『何か』を知りたくて僕の所にきたんだ。
僕は、君の両足を持ち上げて、下着とズボンを下ろす。
君は嫌がった。僕は君を抱き寄せ、君が出した一部で程よく湿っている指を、君の体の中に入れた。
君の体に刺さった僕の指が動く…。
拒絶しようとして君は、もっとリアルに僕の指がそこに刺さっているのを感じてしまう。
僕は君の足を大きく開かせる。 柔らかい君のそこに、二本目の指をもぐり込ませる。
僕は、我慢している。
ワインがたれている君の体、このグラスの中のワインを僕は早く味わいたい。
でも、僕は二本の指で君の中をかき回しながら、ワインと一緒になった君の赤い髪の匂いを嗅いでいる。
もっと発酵させよう、君は上等の赤ワインになる摘みたての葡萄。
暖かい土地で大切に奇麗に育てられ、真白に実った葡萄の果実。
君は、もういやだと言った。 僕も、もう待っていられない。
君を、食べるよ…。
下ごしらえは十分だから、きっと痛くないはずだ。
君の綺麗な翠玉色の目を見つめて、ずっとずっと君の唇を吸ってあげよう。
その体を汚しているワインを、僕の口で綺麗にしてあげる。
そして、一つになろう…。
君は、君の中に僕を感じる。
それで君は、本当に深く僕のことを知るだろう。
君は、僕の生贄。
君は狼に喰われて、僕と同じ狼になる。
さあ、食べるよ…。
僕は内側から食べるんだ…。
君は、僕が君の中に圧倒的な力で、入ってくるのを―――感じる。